その実印、文字が間違っていませんか?一級技能士が教える『文字の成り立ち』と正しい印鑑の選び方

はんこ屋さんの文字解説


なぜ「文字の成り立ち」を知らないと、偽物の印鑑になってしまうのか?

実印は一生に一度の大きな買い物。でも、その印影に使われている文字が『デタラメな形』をしていたら…と不安になりませんか?多くの激安店では、ソフトが自動生成した『それらしい形』の文字を使っています。しかし、本物の印章には文字の歴史に基づいた『正しい形』があります。今回は、印章作家として私が最も大切にしている『文字の意味と理解』についてお話しします。

一級技能士の視点|歴史を知ることで、文字は「美しいデザイン」へ進化する

文字には全て意味のこもった成り立ちが存在します。文字の元々は動物の形だったり、祈りの儀式に用いられる道具などが語源として含まれているもの。そこまで遡ると、文字が持つ意味以上の深い由来が潜んでいるんです。お店に訪れるお客様には、極力意識して、文字本来の意味と、書体について、また組み合わせとしての熟語の意味合いなどをじっくり説明させていただいています。
「(自分の)名前には、そんな意味合いが潜み、成り立っていたのか!」と驚かれ、文字の持つ興味深さを感じてもらえることは多いですね。

例えば[正義]の文字の字源をみてみましょう。


【字統】【常用字解】白川静先生説からの引用です

[正]は、一と止の組合せから出来ています。一は■の象形で城郭で囲まれた邑(まち)を表し、止は足跡の形で「行く」を意味しています。そこから[正]という文字は、「城郭を攻めて征服すること」と解いています。正は征の元字であり、その征服の方法が政という文字に変遷していきます。

[義]は、羊と我の組合せから出来ていて、我は鋸(のこぎり)の形のこと指します。古来「羊」は神聖で美しいと崇められ、神への祈祷の犠牲(いけにえ)とされていました。いけにえの羊が、完全であることを証明するために、のこぎりで体を切り離し内蔵も含めすべて完全であることを示している様を表した文字が「義」です。そこから義=(ただしい)と説いているのです。

文字の生まれた中国古代の時代では、征服と神事が道理の中心であったという背景を知らないと、どうにも腑に落ちない解釈かもしれません。現代ではゾッとするような解釈かもしれませんが、当時の人々にはそれがごく自然の価値観だったのです…こんな感じで文字の成立ちを知りそのカタチを意識しながら印章作製をしていきます。

お客様に文字本来の意味を伝えたい、本当の理由

もちろん、このように文字の成り立ちから説明をする同業者はほとんどいません。業務の効率化とは全く正反対の行動なので仕方ないですが(笑)。でも、文字を扱うプロである印章作家として、日々、文字についての造詣を深め、お客様に伝えることは、絶対的にすべきことだとも思うんです。
ただ、実は私自身、最初からそこまで意識して活動していたわけではありません。この仕事に携われば携わる程、きちんと文字のルーツそのものを辿らなければ、より正確な印章づくりができないと気づいたからなんです。

造脂を深めることで実現できるプラスアルファ

印章に用いる文字の中には、古代文字である篆(てん)書体にはないものもあるため、作字が必要なこともあります。作字にあたっては、文字の理解が深くなければ、どう構築するかの正確な判断ができない。「もう一本の線を入れるなら、こう入れるしかないだろう!」と、自信を持って文字の形を組み立てられるのは、やはり大きな強みだと考えます。ただ適当に線を加えれば文字としての体(てい)をなすからかまわない、の意識では、それはもはやプロの仕事とは呼べませんよね。

文字の理解に、その人の特性を重ねた印章づくりを

印章は、その人の分身です。彫り上げる文字を一つひとつしっかりと理解したうえで、お客様の性別、年代、雰囲気、どのような印影を求めているのかを掴み、印章づくりに臨みます。一人のつくり手として、ただ見本通りに文字を彫るのと、対象となるお客様を思い浮かべて彫るのとでは、やはりこちらとしても、意識が変わってきます。ただの業務内の作業としての印章づくりを、私たちは行なってはいません。その価値観は、これからもずっと大事にし続けていきたいと考えています。

受け継がれし者へ、刻まれる愛情と託される想い

印章は、その人その人の大切な場面で使われるもの。自らが購入する場合以外にも、親から子に贈る、孫の誕生時に祖父母から贈るなどのケースも多々あります。その子が大人に成長し、贈った家族がたとえ亡くなった後にも、受け継がれた印章を、人生の節目節目で使うたびに、プレゼントしてくれた方からの愛情を感じるはずです。名前を彫る行為には、やはり特別な意味合い、託された想いが秘められています。事務的なゴム印をつくるのと、名前を彫刻するのとは感覚的にも決定的に違うもの。単なる記号としての造詣物では決してないからこそ、こだわりたい気持ちが強いのです。

 

印章作家 滑川裕 七つの想(こころ)

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